情報を「もらう」側から、「届ける」側へ
これまで3回にわたって、施設に調査を断られる場面や、その背景にある理由、そして断られても情報を届けるために私たちが工夫してきたことを書いてきました。
今回は少し視点を変えて、私たちが「みんなのトイレマップ」を続ける中で、大切にしていることについて書いてみたいと思います。
多目的トイレの情報を必要としているのは、車いすユーザーをはじめ、外出するときにさまざまな不安や制約を抱えている人たちです。
普通に考えれば、そうした人たちは「情報を提供してもらう側」です。
「ここに多目的トイレがあります」
「この設備があります」
「車いすでも利用できます」
そうした情報を、施設や行政から受け取る側になります。
でも、私たちがやりたいことは、それだけではありません。
情報を必要としている当事者自身が、情報を集め、次の誰かに届ける側になる。
これが、私たちが取り組んでいる「まちのトイレ調査員」の考え方です。

当事者だからこそ、気づけることがある
「わざわざ当事者が調査しなくても、施設や行政が調べればいいのでは?」
そう思う方もいるかもしれません。
もちろん、施設や行政から正確な情報が公開されることは、とても大切です。私たちも、もっとバリアフリー情報が公開されるようになってほしいと思っています。
ただ、実際に現地へ行ってみると、チェックリストだけでは分からないことがたくさんあります。
たとえば、多目的トイレのドアはどちらに開くのか。手すりはどこにあるのか。車いすで入ったときに方向転換できるのか。鍵はどの位置にあって、どんな形なのか。
一見すると小さなことです。
でも、使う人にとっては、その小さな違いが「使える」「使えない」を左右することがあります。
私たちが仙台版のトイレマップで写真をできるだけ多く掲載しようとしているのも、こうした理由からです。
文章で「車いす対応」と書かれているだけでは分からない。
写真を見ることで、
「これなら自分でも使えそうだ」
「ここは少し難しいかもしれない」
と、自分で判断できるようになります。
その「判断するための情報」に何が必要なのかを一番よく知っているのは、やはり実際に困った経験を持つ人たちです。
調査すること自体にも意味がある
そして私は、当事者が調査員になる意味は、情報の細かさだけではないと思っています。
当事者自身が施設へ行き、実際に多目的トイレを見て、施設の方と話をする。
その経験そのものにも、大きな意味があります。
電話やメールだけで、
「多目的トイレの情報を提供してください」
とお願いすると、どうしても私たちは「情報をください」とお願いする側になります。
でも、当事者が調査員として現地へ行くと、少し関係が変わります。
「私たちは施設を評価したり、批判したりするために来たのではありません」
「ここを利用したい人が、自分で判断できる情報を届けたいんです」
「そのために、一緒に情報を整えていただけませんか」
そんな会話ができます。
もちろん、それですべてがうまくいくわけではありません。それでも、実際に必要としている当事者が目の前にいることで、「なぜこの情報が必要なのか」が伝わりやすくなることがあります。
「支援される人」だけで終わらない
私自身も、外出先で多目的トイレが見つからず、困った経験が何度もあります。
だからこそ、バリアフリー情報の大切さは身をもって感じています。
ただ、この活動を続ける中で、もう一つ大切にしたいと思うようになったことがあります。
障害のある人を、いつまでも「支援される側」だけに置かないことです。
困っている人だから、誰かに助けてもらう。
情報がないから、誰かに教えてもらう。
もちろん、必要な支援を受けることは大切です。
でも、そこで終わらなくてもいい。
自分が困った経験があるからこそ、次の誰かが困らないための情報を集めることもできます。
自分が「ここが分からなくて不安だった」と感じたからこそ、「ここを写真に撮っておけば、次の人は安心できる」と気づくこともできます。
つまり、困った経験そのものを、誰かの役に立つ情報へ変えることができる。
「まちのトイレ調査員」は、そのための仕組みでもあります。
当事者としての経験を「仕事」にする
もう一つ、大事にしていることがあります。
「まちのトイレ調査員」は、単なるボランティアとしてお願いしているわけではありません。
参加してくださる調査員には対価をお支払いし、仕事として調査に関わってもらっています。
なぜなら、当事者としての経験や視点そのものに、価値があると考えているからです。
車いすを使っているから分かること。
外出先で困った経験があるから気づけること。
普段から多目的トイレを利用しているからこそ、「ここは写真に残した方がいい」と判断できること。
それは、一つの専門性です。
「障害があるから支援する」のではなく、
「その経験や視点が必要だから、仕事をお願いする」。
私は、この違いを大切にしたいと思っています。
一人の「困った」は、小さくない
みんなのトイレマップを始めた頃は、一人の困りごとが、どこまで社会の役に立つのか分からない部分もありました。
「このトイレが使えるか分からなかった」
「入口の幅が分からなくて行くのをやめた」
「写真が一枚あれば判断できたのに」
一つひとつを見れば、とても個人的で、小さな困りごとかもしれません。
でも、その経験を記録して地図に載せれば、それはもう一人だけの経験ではありません。
一人が調べた多目的トイレの情報が、地図の上の一点になる。
その一点を、次にそこへ行こうとしている誰かが見る。
「ここなら行けそう」
そう思って、家を出る。
そして、その人がいつか別の場所で情報を集め、また次の誰かに届ける側になるかもしれません。
そうやって、一人ひとりの経験が情報になり、少しずつ社会の中に蓄積されていく。
私は、それが「みんなのトイレマップ」という名前に込められた意味の一つでもあると思っています。
情報を、誰かの一歩に
私たちが集めているのは、トイレの場所や設備についてのデータです。
でも、本当に届けたいものは、データだけではありません。
その情報を見た人が、
「ここなら行けるかもしれない」
と思えること。
そして、実際に外へ出る一歩につながること。
だからこそ、情報を必要としている当事者自身が、情報を届ける側にもなれる仕組みを作っていきたいと思っています。
支援される側と、支援する側。
情報をもらう側と、情報を届ける側。
その境界は、もっと柔らかくていい。
一人の「困った」という経験が、次の誰かの「行ってみよう」に変わる。
そんな循環を、これからも「みんなのトイレマップ」を通して作っていきたいと思います。
次回、この活動を通じてできること
ここまで4回にわたって、調査を断られる現実、その背景にある構造、それでも情報を届けるための工夫、そして今回は、当事者が調査員になる意味について書いてきました。
最後となる次回は、少し視点を広げます。
施設を運営する方、行政に関わる方、そして個人として「何か協力できないかな」と思ってくださる方。
それぞれの立場から、バリアフリー情報を届けるためにできることがあります。
大きなことをしなくても、一つ情報を公開すること、一枚の写真を提供すること、一緒に調査することが、誰かの外出につながるかもしれません。
このシリーズの最後に、そんな「それぞれができる一歩」について考えてみたいと思います。