「安全のため」という壁
「申し訳ございませんが、セキュリティ上の理由でお答えできません」
多目的トイレの調査をお願いするため、施設へ電話をかけると、このように言われることがあります。丁寧ではありますが、はっきりとしたお断りの言葉です。
もちろん、電話の向こうにいる担当者を責めたいわけではありません。不特定多数の人が訪れる施設にとって、建物内部の情報を外部へ公開することに慎重になるのは、施設や利用者の安全を守る立場として、当然の判断でもあると思います。
それでも、電話を切ったあと、私はいつも考えます。
このやり取りの向こう側には、今日もどこかで、
「多目的トイレがあるか分からないから、今回は外出をやめておこう」
と考えている人がいるかもしれない、ということです。

情報がなければ、外出は「賭け」になる
車いすを利用する人にとって、初めて訪れる場所への外出には、多くの事前準備が必要です。
入り口に段差はないか。
エレベーターはあるか。
通路の幅は十分か。
そして、利用できる多目的トイレはあるか。
この中に一つでも「分からない」があると、外出は大きな不安を伴うものになります。
「とりあえず行ってみよう」と思って出かけても、現地に利用できるトイレがなければ、簡単に別の場所へ移動できるとは限りません。場合によっては、その日の予定そのものを諦めなければならなくなります。
こうした不安を抱えているのは、車いす利用者だけではありません。おむつ交換台を必要とする子育て世帯や、オストメイト設備を必要とする人など、それぞれ事情は異なっていても、「自分が使えるトイレがあるかを事前に知りたい」という思いは共通しています。
だからこそ、私たちは地図に掲載する施設や店舗、イベント会場などへ一件ずつ連絡を取り、多目的トイレの有無や設備について確認しています。
一見すると、とても地味な作業です。
しかし、「行く前に分かる」という状態をつくることこそが、外出をためらっている人の不安を減らし、その人の背中を押す力になると、私たちは信じています。
調査を断られることは珍しくない
正直にお伝えすると、調査をお願いしたすべての施設から、すぐに情報を提供していただけるわけではありません。
「セキュリティ上の理由でお答えできません」
「施設内部の撮影は認めていません」
「安全管理の観点から、外部への情報公開はできません」
このような理由で断られることは、決して珍しいことではありません。むしろ、調査を続けていると何度も直面する課題です。
石巻で活動を始めた頃は、断られるたびに落ち込みました。
情報を必要としている人がいるのに、その人へ届ける手前で止まってしまう。多目的トイレが実際に設置されていたとしても、その情報を公開できなければ、利用を検討している人にとっては「ないのと同じ」になってしまうこともあります。
その歯がゆさは、今でも変わりません。
一方で、断られる理由を一つひとつ聞いていくと、施設側にもさまざまな事情や不安があることが見えてきました。
情報がどのように使われるのか分からない。
写真を公開することで、防犯上の問題が起きないか心配である。
利用者やテナントとの調整が必要になる。
一度情報を公開したあと、設備が変わった場合に責任を持てない。
単純に「協力したくない」ということではなく、情報公開に伴う責任やリスクを考えた結果、慎重になっている施設も少なくありません。
だからこそ、施設側の判断を一方的に批判するだけでは、問題は解決しないと感じています。
私たちが求めているのは、批判する材料ではない
私たちが多目的トイレを調査する目的は、施設を評価したり、設備が足りないことを批判したりすることではありません。
段差があるなら、段差があると伝える。
通路が狭いなら、その幅を伝える。
多目的トイレがあるなら、どのような設備があるのかを伝える。
私たちが必要としているのは、利用する人が「自分は行けるか」「自分は使えるか」を判断するための情報です。
すべての人にとって完璧に使いやすい施設を、すぐにつくることは難しいかもしれません。建物の構造や予算の問題から、設備を簡単に改修できない場合もあります。
それでも、現在の状況を正確に伝えることはできます。
情報があれば、利用者は自分で判断できます。
「この施設なら安心して行けそうだ」
「このトイレには必要な設備がないので、別の場所を探そう」
「一人では難しいので、介助者と一緒に行こう」
このように、行くか行かないかを自分で選べるようになります。
情報を公開することは、必ずしも「誰でも利用できます」と保証することではありません。一人ひとりが自分の状況に合わせて判断できる材料を渡すことです。
そのことを、施設の皆さまにも理解していただきたいと願っています。
それでも、伝え続けたい理由
私たちNPO法人みんなのトイレマッププロジェクトは、仙台市や石巻市を中心に、多目的トイレをはじめとするバリアフリー情報を調査し、地図上で分かりやすく伝える活動を行っています。
決して派手な活動ではありません。
施設へ電話をかける。
活動の目的を説明する。
必要に応じて依頼書を提出する。
現地へ伺い、設備を確認する。
写真を撮影し、情報を整理する。
そして、ときには断られます。
断られたときには、別の伝え方はできないか、施設側の不安を減らす方法はないかを考えます。その繰り返しによって、少しずつ情報を積み重ねています。
なぜ、そこまでするのか。
それは、情報がないために外出を諦めた経験を持つ人が、この団体の中に実際にいるからです。
「行けるかどうか分からない」
「使えるトイレがあるか分からない」
その不安だけで、外出する気持ちが止まってしまうことがあります。
施設に多目的トイレがあるかどうかを尋ねる、たった一本の電話。その電話への答えが得られないことで、また一人、家を出ることを諦めてしまうかもしれません。
だから私たちは、断られても、また次の方法を考えます。そして、次の施設へ連絡を取ります。
情報は、単なるデータではありません。
誰かが外出を決めるための安心であり、自分で行き先を選ぶための判断材料です。そして、ときには、家から一歩を踏み出すきっかけにもなります。
次回は、「セキュリティ上の理由」という言葉の裏側にある施設側の事情について、もう少し丁寧に考えてみたいと思います。
施設側を敵にするのではなく、互いの事情を理解しながら、どうすれば必要な人へ情報を届けられるのか。
その方法を、一緒に考えていくために。